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夢に生きる

10月に行われた佐々木治夫杯に関しては、
とても楽しい思い出が沢山できました^^
ただ、辛いことも一つだけありました。
ブログには楽しいことばっかり書くべきかもしれませんが、
今日はネガティブな部分のお話です^^;

佐々木治夫杯で、ある中学生とお話する機会がありました。
私「中学かい?何年生なの?」
子 「△年生です。」
私 「学校楽しいかい?」
子 「楽しいです。」
私 「いいねぇ!なんか部活入ってる?」
子 「▲▲部です。」
私 「いいねいいね!▲▲では大会でてるかい?」

みたいな感じで、お互い笑顔で楽しくお話しできていたのですが、
急に空気が止まりました。
私 「ところでどこの中学校なの?」
子 「・・・・・(少し悩んで)、個人情報なので。」

中学生の子から「個人情報」という言葉を聞いて、
私は胸に罪悪感という名の槍が胸にズッサリ刺さった感覚になりました。
申し訳ない。。。

私の質問はとても悪かったです。
話を途切れないようにと思い、意味のない質問でした。
もちろん、それを聞いてその子に何か悪いことを企もうとしたわけではなく、
そうだとしてもそのときは他の大人(警察等)が守ってくれるわけで。

私がその子に信用されなかったのでしょうか。
そうだとしたら申し訳ない。怖い思いをさせてしまった。

何か聞かれたらそう答えろと親に言われていたのでしょうか。
そうだとしたら申し訳ない。悪いことする大人が増えたせい。

そもそも何か困ったことがあれば他の大人に相談すればいいはず。
しかしそれすら満足にできない社会を作ってしまったのかもしれない。
そんな社会を作ったのは、私を含め、大人の落ち度。

これが道端での話だったらわからなくもないですが、
現場は佐々木治夫杯という親睦を深めるイベント会場内。
要するに、まだまだ将棋界はその子から信頼を得ていないということ。

私はロマンを求めて夢に生きたい。
自分の子どもが生まれたときに、
「どうかこの子の人生はいつまでも愛と希望に包まれて欲しい」と思いました。
きっと同じような想いを他の子どもも親から受けているのかなと思います。
そして今いる大人たちも昔は子どもだったわけで。

いつまでも愛と希望に包まれて欲しい。
それが簡単ではないことは、ロマン派の私も踏まえています。
世の中には色々な人がいます。
むしろ憎しみや絶望を感じなければ、
愛と希望も感じないのかもしれません。
ただそれでも、私はロマンを求めたい。

そして、私は私が関わった子ども達にも
そうあってほしいと思っています。
特に、将棋を指す子どもたちに。

私は子どものときから将棋を指していますが、
派閥、因縁、確執、
それらが私の周りになかったわけではありません。
決して見たいものだけを見たわけではないのです。
愛や希望とは、とてもかけ離れている現実がありました。

今の子ども達には私と同じような想いをしてほしくない!
結果的に、愛と希望に満ちた将棋界に
なればいいという気持ちが強くなりました。

佐々木治夫杯でのその出来事は、
私としては結構ショッキングなこと。
「子どもにそれを言わせてしまうのか、我々は。」 っていう気持ち。
考えすぎだって思う方もいらっしゃるかもしれませんが、
どうしたって考えすぎてしまう^^;

これが子供じゃなくて大人だったら話は違います。
大人が 「個人情報だ個人情報だ」 って言ってたら、
「大人なら胸張って正々堂々等身大に生きろ!
 自分の身くらい自分で守れ! ファ〇ク ユー !」
って思います(笑)
しかも理由もなく個人情報だって騒ぐ大人程、
名乗るほどの人でもないことが多い(笑)

でも子どもは違います。
個人情報保護法なんて法律があること、
その時点で何かがおかしい。
子どもは悪い大人から身を守るために仕方がないのです。

本当は自分のことを包み隠さないで他人と話し合えたなら、
どんなに素晴らしく、どんなに楽しいのだろうと思います。
そしてそれができるのは、
趣味の世界なんじゃないかなって思います。

私の子どもに対して思ったように、
将棋界の子どもには愛と希望に包まれて欲しい。
疑いや不安、恐怖なんて感じてほしくない。
少なくても佐々木治夫杯の会場にいるときくらい、
温もりを感じてほしい。

そんな将棋界にしていく力が、今の私にはないけれど、
一人でも共感してくれる人がいれば、
もしかすると誰かの人生を、
明るいものにできるのかもしれない。

なんて夢を見て私は生きてます(笑)
最近更新頻度少なく、あんまり将棋界に顔を出さないから、
死亡説が流れる前に生きているアピール^^;
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