記事一覧

中学生選抜の思い出

もうすぐ倉敷王将戦と中学生選抜ですね!
今日は私の中学生選抜の思い出でも書こうかと思います^^

将棋は小学校4年生からスタートした私ですが、
積極的に札幌遠征を始めたのは中学生になってからでした。

私は中学校2年生のときに全道中学生選抜将棋選手権北海道大会に参加し、
当時中学校3年生のI藤寛(通称イトカン)とともに代表権獲得。(私は準優勝)
イトカンは帯広で私は函館、
N井田さんに「札幌から代表がでないのは物凄く久しぶり!」
と言われたのは今でも覚えています。
ちなみに当時札幌で有名だったのは、
穴熊王子の兄と、私の唯一の学園大同期T田(函館出身)でしたね。
蛇足ですがイトカンは中学卒業後、函館ラサールに進学。

全国大会は予選リーグ後、決勝トーナメント進出という大会方式で、
私はあっさり予選2連敗でした。
イトカンはベスト8!素晴らしい!!
イトカン曰く、「相手が四間飛車ばっかり、こっちは右四間飛車ばっかりだった」。

女の子が2人参加していましたが、1人はベスト8に入ってました。
ちなみにそのベスト8に入った子も右四間飛車ばっかりだったそう。
そもそも四間飛車が流行りすぎでした。
右四間飛車はベスト8の壁があるのかも。

結果は残念でしたが、宿泊が他選手と5人部屋だったので、
友達が沢山できました。

ここまでは中学2年生まで。
今日は私が中学3年生のときの中学生選抜北海道大会のお話です。

「今年は楽だ。」 そう思っていました(笑)
なぜなら、前年王者のイトカンが卒業していて、
全国を経験しているのは自分だけ。
ディフェンディングチャンピオン気分です。
もうオチが見えてきていますので、先に書きますが、
結果は3勝2敗、代表を逃しました。

当時の北海道大会の大会方式はスイス式5回戦でした。
参加者は20人~30人くらいだったかな?
1回戦、2回戦は勝利。
最初に負けたのは3回戦でした。

「室蘭かぁ、見たことない名前だからわからないけど、たいしたことないべ。」
スイス式は勝てば勝つほど相手が強くなる傾向があることを、
まったくわかっていなかった私。
もちろんわかっていたとしても結果は変わらないのですが、
後のキングオブちょんちょん星人(ライバル)のS籐豪士さんに対して全く警戒せず、
自分が前年準優勝だからといって侮りまくっていたことが、今でもばっちり覚えています。

将棋は相振り飛車。
私が攻めて、豪士はただひたすら受けてます。

子どもの特徴って、強い子はよく攻めます。
そうでない子はあまり駒を前進しません。
それは、良いイメージを持っているからよく攻めるし、
良いイメージを持っているから強くなる、と私は考えています。
そのことは中学生のときでも、なんとなく気付いていること。
ゆえにあまり攻めてこない子は、そうでない子と判断してしまいがち。

しかし、たまにいるんですよねー。
将棋を理解していて、大局観に優れ、形勢判断ができる子。
そういう相手には良いイメージだけでは勝てない。
しかもそういう相手って、ジリジリ差を広げる将棋を指します。

私は受けてばかりの豪士に「これはいける」と信じ、
桂香を捨てて陣形を崩すのですが、すぐに復旧されてしまい、
焦りから汗だくになりました。
そしていいだけ安全にされてから、ゆっくり攻められ私は投了。
苦しい時間が終わり、悔しい時間が始まりました。

付き添いに来てくれていた母に対し、
「終わったわー。」とか「全国逃したから、もうやる気でねー。」
みたいなお子ちゃま発言を連呼しました(笑)

4回戦はふてくされながらも、盤の前に座れば本気。
なんとか勝利しました。

そして5回戦。相手の子のことは覚えていないのですが、
3勝1敗同士だと思うので、結構な腕前だったはず。
たしか私が四間飛車に対して、玉頭位取りからの地下鉄飛車みたいな戦型でした。
なかなかうまく攻めれず劣勢になり、
最後は追い上げたものの、結局負けました。

3勝2敗。勝ち越したのだから立派ですが、
優勝できると思って参加していたので、
2敗したことに対してふてくされはマックス。
やっぱり「別にどうでもいいし。」とか
「もう一回負けてたから関係ないし。」
みたいなことばっかり言っていました。

そこで表彰式。「優勝、▲▲くん、準優勝、△△くん」
なに、1敗している人が全国への切符を手にしている!?
「あれ!?どうして?」
今思うと田舎者まるだし。なぜ室蘭をバカにできたのか。

スイス式なので1回は負けてもチャンスはあったんです。
それを知らずに愚痴ばっかり言っていました。
そしてもっと言えば、最後に勝っていれば代表だった可能性が大でした。

ただし、この話の大事なポイントは、
3回戦で負けてからも、4回戦と5回戦は本気で真剣に対局していたこと。
むしろ侮っていた1~3回戦より、4・5回戦の方が本気でした。
そりゃそうです。冷静さはなかったかもしれませんが、
4・5回戦は心の中で「ぶっちぎってやる!!」とかなり気合が入っていましたから。

なのにも関わらず、なのにも関わらず、
最後勝っていれば可能性があったことを知ったとき、
付き添いの母に対し、
「早く言ってよ。それなら5回戦を本気でやったのに。」

相当悔しかったんでしょうねー。
その呆れた発言に対して、母は何も言いませんでした。
ただただ、優しくしてくれた記憶があります。
「そんなこと言ってるから代表になれないのよ!」
とか言われてたら、人生が少し変わったかも。
明日母に電話しようかな(笑)

しかし、この前書いた高校選手権の思い出とほとんど一緒ですね^^;
必殺、侮ってふてる!成長してないなぁ。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

hakodateshogi

Author:hakodateshogi
将棋を好きな人のためのブログ。
棋戦情報も気づいたら載せます。
函館(周辺)の将棋好き集まれ!

来館者数